

「見るなのタブー」
世界各地の神話や民話に見られるモチーフの一つである。何かをしている所を「見るな」とタブーが課せられたにもかかわらず、それを見てしまったために悲劇(多くは離別)が訪れるという類型パターンを持つ。見るなの禁止とも。民話の類型としては禁室型(きんしつがた)とも言う。
心理学的にはこの様に見てはいけないと言われると余計に見たくなってしまう心理的欲求をカリギュラ効果と言う。
見るなのタブー(Wikipedia)
今、引越しの準備の真っ最中です。
これは資料だ、このCDが無ければ今の俺はいない!などと、いろいろな理由をつけて捨ててこなかった雑誌やCD類を大粛清しようとしています。もちろん、捨てるのはもったいないので、おなじみの中古屋さんに寄付(激安)して、次の持ち主に託すのです。
さて、表題の「見るなのタブー」ですが、私は昨晩から、この現象に悩まされています。
「内容見ないと手放していいかわかんないじゃん。」
という俺Aと、
「何ヶ月も開いていない雑誌などこれからも開くことはありません、手放しなさい。」
という俺Bが鬩ぎ合った結果、
スケジュールを優先して、俺Bが勝利しました。
と思ったら、これです、見るなのタブーです。カリギュラ効果です。
いろいろな雑誌との思い出が走馬灯のように駆け巡り、中身を見てしますのです。見てはいけないのに...! つまり、俺Aの完全勝利ということで、朝を迎えました。
以前、何かの偶然で、Wikipediaの「見るなのタブー」にたどり着いて、こんなのあるんだと驚いた記憶がありますが、まさか、ここで実感を得るとは。学習の成就は、やはり実践なのだと感じた朝でした。寝る。